細かい部分は記憶が欠落していますが、概ねこんな楽器を使ってきました。
●1967年(12歳)ヤマハの5,500円(製品番号不明/後にソフトケースに入れて教室に通う途中、電信柱にぶつけてヘッドが欠ける)
●1968年(14歳)河野6号(6万円の楽器を4万5千円で先輩から譲り受ける)
●1971年(16歳)ベルナベ・スチューデント・モデル
●1972年(17歳)松村雅亘に出会う。最初のオーダー楽器を手に入れる。
●1976年(20歳)フランス留学から帰国した松村氏に2台目を依頼(15万円)
●1977年 松村の新作をもってフランスに留学。
さらに、マドリッドでP.ベルナベ(
コンサート・モデル)を購入。
●1978年 ドイツ在住の製作家佐藤一夫と出会う。
松村、べルナベに別れを告げ、以後、3年間に4台の佐藤ギターを使用する。
●1981年 再び河野ギターに(20号/杉)
この楽器で、バルセロナ2位、そしてパリ優勝。
(さらに、この楽器を譲ったメキシコ系イタリア人フランチェスコ・モッチャがアレキサンドリア国際で使用して優勝。値段も安く、ひょっとして凄いラッキー・ギターだったかも!?)
●1982年 パリ国際コンクールの優勝賞金でV.ベディキアンを入手。
続いてマドリッドでラミレスを購入。
●1983年 2月
東京デビューはラミレスで。
●1984年 ヤマハからGC70加藤モデルを借り受け、最初のレコーディング。
●1985年 ヤマハからフレタ(1968)へ。
●1986年 フレタ(1968)からフレタ(1969)へ2ndアルバム「祈祷と舞踊」に使用。
河野賢からマエストロ・モデルを献呈される。
●1987年 フレタ(1969)から、友人の江間常夫氏が使用していたフレタ(1970)を譲り受ける。さらにフレードリシュ(1967)を追加購入、3rdアルバム「21世紀のタンゴ」に使用。この楽器は、その後斎藤明子のもとへ。
●1988年 ロマニリョス(1983)を追加購入。アルバム「スペイン名曲集」「プラテーロと私」に使用。フレードリシュ(1968)を追加購入。また、友人からS.ラック(松)を借り受ける。この2つの楽器は、アルバム「すべては薄明の中で」で使用し、後にフレードリシュは、鈴木大介のもとへ。
●1991年 日本に紹介されたばかりのポール・ジェイコブソンを追加購入。(渡辺香津美さんも続けて購入。)
このジェイコブソンは後に
村治佳織が東京国際コンクールで使用し優勝した。
フレタ、ロマニリョスを売却。
ブーシェ(1966/No.112)を手に入れる。以後12年間の録音に使用する愛器となる。
●1992年 完璧な状態のR.F.ラコートを入手する。後にアルバム「ギターと鍵盤楽器のための作品集」「19世紀ギター・デビュー」「シューベルティアーナ」等々で使用。さらに、この楽器のレプリカ(
名古屋の加納木魂による)も誕生し、「マンドリンとギターのための音楽」「
イタリアン・ヴィオラ・ファンタジー」などのアルバムで活躍する。
●1996年 友人からアランフェスの初演で使われたというサントス・エルナンデスを借り、デュトワ指揮NHK交響楽団と「アランフェス協奏曲」を演奏。
●2001年 話題の若手製作家、アベル・ガルシア(メキシコ)に製作を依頼する。アルバム「VOYAGE」で使用。
●2002年末 桜井正毅の新作RFモデルの開発に協力し、第1号が完成。
●2004年 その桜井RF(杉/弦長660)を使用し、アテネで
コンチェルト。
イタリア・
ミラノで故ルジェロ・キエザの遺品であったガエターノ・ガダニーニ2世を譲り受ける。この楽器は加納木魂氏により完璧に復元された。
●2005年 イタリア・トリノの製作家ルイジ・ロカットにエンリケ・ガリシア(1905)のレプリカ製作を依頼。
2006年11月のパリ・リサイタルから使い始める。
●2007年 桜井RF(松/弦長640)を使用しアルバム「アランフェス協奏曲」をレコーディング。